LIFE SPAN

よくある要約本では、

 

・老化は予防できる「病」だ

 

・予防の仕方は、適度なストレスであり

    寒さ

    カロリー制限

    運動

    である。

・老化を治療する可能性のある薬がある

    AMPK活性化(メトホルミン)

    mTOR阻害

    サーチュイン活性化(NMN、NR)

の3パターンが考えられている。他にもこれから老化の機序にあわせてもっと良い薬が出てくるだろう、と。

 

しかし本書はもっと著者の経験と幅広い教養から、読みやすく夢中になりやすい構成になっており、語らなければならないことは沢山ある。

 

それは、「老化がなぜみな病気だと思わないのか?こんなにも悪いのに。」ということを思考実験などを踏まえて紹介してくれている。たしかに、と思わされる。老化って実は誰も疑わないことだが、実はすっごくデメリットのあることだよね、と。

 

そして未来の話だ。LIFE SHIFTは100年時代が前提で、これからどのような生き方をしていくかに重点が当てられていたが、本書でも長寿時代をどう生きるか、科学技術や医学の進歩によりどんな未来が予想されるか、について熱く語られている。

感染症パンデミックについての話も、新型コロナウイルスを予測していた?かのようなリアルな書き方で、先見の明があるなと感じた。ものすごい勉強量なのだろうな、と。

 

その上で、長寿時代にいかに生きて、どう最期を迎えるか、について著者の死生観も全面に出しながら語っている。出回っている要約動画では語られていないことが沢山ありすぎる。奇しくもNMNを宣伝する本だと思い込まれている節もある。

 

noteでまとめ記事をしっかり書こう。

「問いの『魔』力」

「□□のための○○個の質問」みたいなのを最近よく見かける。

 

 例えばメンタリストDaiGoさんの紹介する心理学分野で「自己理解を得るための質問○○」みたいなものだ。他にも、「世界一やさしい『やりたいこと』の見つけ方」に載っているのもそうだ。

 さらには、マコなり社長は立場を変えて、教育者側の立場から「白黒の塗り絵をちゃんと相手に渡せているか」という話をしてくれた。これについて詳しく語りすぎるのは規約に反するところがあるが、質問リストというのは非常に思考をprogressしてくれるものだと思う。

 日々、自分で自問自答している人というのは、自分で思考を深めていくことができるのだと思う。が、やはり人間は毎日「感覚的に生きている」のが実情だと思う。自己認識の分野では特に、質問リストとそれに答えることで自己理解が深まっていくことがしきりに言われている。

 他人へ思考を促すときも、いかに良く相手に合わせて練られた質問を投げかけられるかが勝負だ。

 「問いの魔力」というのはもともと予備校時代の英語講師「表三郎」先生の著書の名前でもある。哲学者たちがどのように問いを投げかけ、思考を深めていったかについて書かれた本だったと思う(内容は詳細には覚えていないが、再度読んでみたいと思う)が、現在における自己啓発や心理学の世界での「質問リスト」には自然と思考を深める効果がある。

経験と知識のバランス

学生時代
社会経験は十分 → 読書をして血肉とせよ
医学知識はいやというほど学ぶ → 臨床現場に出て臨床を経験せよ
 
 
 人間が知識(特に「生きた知識」)を増やすためには、「記憶『力』」に頼ってはいけない。実際に使ってみて役立った知識しか身につかないからだ。
 
 医学も同じで、基礎医学の頃から膨大な知識を詰め込まれても、生きた知識にならない。高学年になって臨床医学を学ぶ頃には、医学そのものが嫌いになってしまっている学生だらけだ。その臨床医学も、いざ教わると、現場感のない知識の羅列である。現場に出るのは学生実習になって「やっと」だ。これではいけない。
 
 「学生生活虎の巻」で「知識」と「経験」のバランスという話をした。学生時代、時間が沢山あるという特徴を活かして、社会経験(クラブ・バイト・友人関係・恋愛など)は沢山詰める。その分、学生時代にはしっかり読書をして、経験を生きた知識に変えていく(血肉とする)べきだ。
 一方(逆に)、医学については知識一辺倒である。学んでいる当時、それらの知識が将来「どう役立つのか」が分からないままテストのためのやみくもな暗記をしている。(現場)経験が足りないということだ。だからこそ、早いうちから臨床現場をみれるように、見学に行くか、臨床現場をみせてもらいにいくことが大事だ。

これから

大学に行く必要はほとんどなくなりつつある、といわれている。

 

僕もそう思う。しかし、医師になるには医師免許を取得するのに医学科への6年間の通学と医師国家試験合格が必要である。そのために、医学科への入学が必要である。これらの難関を越えないと医師になれない(それでも、これらを乗り越えた瞬間はまだ、未熟な研修医だ)。

 

これをなんとかしたいと思う。制度的なことに介入はしたくないしめんどうくさい。

 

けれど、最短で、「現場で役立つ臨床能力の高い医師」を育成する自信はある。

 

そこに、社会が気づいて、後からついてくればいいと思う。

 

まずは自分でコンテンツを作成し、最強の医学教育プログラムを作成しよう。

雑記メインの「はてな」

最近変更したブログの書き分け。

こちらを雑多記事にしてしまうことにした。

 

というのは、

 

①文章化(言語化)するメリットを改めて実感した。

 

というのがある。ただ、それをすべて公開していると、雑多ブログになる。つまり、読み手にとって、この人のブログは○○だ、というようなブランディングを失うからだ。

 

ブランディングについてはまだ何も勉強していないが。。。

ただ、これは

 

ブランディングのための使い分けともいえる。

 

evernoteに日記も書いてみたがやはりちょっと違う。

 

evernoteそのものも雑多になりすぎた。

 

というのもあるかもしれない。

とにかくevernoteは日記を書くところではない。

 

手帳に手書きで日記を書くのも合わない。やはりキーボードのタイピングを上達する副次的なメリットもあるし、沢山かけることで頭の中が高速になるのがタイピング日記のメリットだとも思う。

 

evernoteほど雑多ではなく、ブランディングを損なっても良いプラットフォームとして、たまたまそこに「はてな」がいた。程度に考えている。

というより、この記事を書くことで「そうまとまった」のである。これこそ①言語化の最大のメリットだろう。

 

人生逃げ切り戦略

表紙・タイトルとも僕の心を射貫きました。

 

コンセプトは、以下にラクをして賢く稼ぐか。

自分の自由時間を得て、限りなく少ない時間で将来の生活費を稼ぐか。

 

まさに自分が求めていたコンセプト。

 

最終的には「自分のやりたいこと(社会貢献になる)」だけやっていれば、「自由に生きれる」状態になりたい。そんな自分にとって、いったん、仕事・職場から離れて自由になる必要があると感じていたからこそ、響いた。

 

副業のような、手間の少ない仕事だけで、ぐうたら生きたいわけではない。

 

本当にやりたいことを見つけ、それを実践していくために、まずは「自由な時間」が必要で、そのためにも「ラクをして最低限の生活費を稼ぐ」ことが必要だった。

 

これはもう早速実践していくしかない。

 

そんな中、自分のやりたいことにも繋がりそうなアプリについてもここから教えてもらった。noteで自分の医学教育系記事を発信できることが分かった。有料化し記事を書き続けることでなんとか収益化したい。

 

そしてやはりここでも重要性が高いと思ったことがある。「ブランディング」だ。ブランディングを学ぼう。

 

ライバーも始めた。ライバーで多少、知名度を上げれるよう頑張ってみよう。

 

ここで自分にとって「はてな」の棲み分けが確立した。

読書などから学んだ「自分の日記」的なものにしよう。

 

twitterは集客用にバッチリだ。facebookもありか?

とりあえず、匿名でかつ自分の過去の知り合いを経て拡散させるのにはtwitterが良いだろう。

 

いろいろ道が見えてきた。「やりたいこと」が小さなモノからでも出てくると、日々が楽しくなりそうだ。

 

 

長期休暇を経て

医師になってからのキャリアを悩んだ。

 

臨床医を続けるべきか、その他よくあるルートとして大学院生になるのか。

自分は医学教育に興味があるので、MECなどへの転職も考えた。

 

医師になってからのキャリアという本を読んだところ、思った以上に「別の道」を選んでいる人がいる、しかもみんな自分と似たようなことを考え・悩んで、場合によっては起業している人たちもいることが分かった。

 

さらには、世の中には自分と同じように医師の仕事を減らすようなテクノロジーの利用ができないか考えている人たちもいるし、実際にその目的で起業している人たちもいることが分かった。多分、自分がやらなくても、そう遠くない将来、テクノロジーが医療の現場に入ってくる。医師の負担は減る。医療の質も上がり、一般的な医療の差はなくなってくるだろう。

 

長期休暇を経てやはり感じたのは「自由」への渇望だ。

 

場所・時間を問わず働けること。これがいかに価値のあることか。自分にとって。

 

ということは病院勤務医では自分に幸せはない。もっと自分が輝ける働き方はかならず別のところにある。

 

そう感じた。

 

長期休暇後、1週間、割と穏やかな1週間だった。そのせいもあってか、「このまま変わらず働き続けるのもありなのかな」なんて考えてしまった。

 

専門性を高め、専門医を目指してもう少し努力してみようか、と。後輩もできてもう少し楽になるならありかな、と。そんな矢先に、土曜日出勤がきた。これはこれでそう悪くないのだが、やはり負担だ。さらに、一仕事を終えて帰ろうとしたら、巻き込まれた。やはり。

 

休みの日に、堂々と休める空気感ではない。この仕事?職場?というのはことごとく自分には合っていないと思う。すごいストレスだったが、辞める気持ちを後押ししてくれた。

 

辞めよう。少なくとも、上司に続投を聞かれたら、「辞めようと思っています」とは即答しようと思う。